世界を翔けるカメラマン 田村 裕司

やすらぎ工房

島原城

2013.11.28 Thursday

長崎県島原市にある島原城。







有明海を望み、雲仙岳の麓に位置する。



ほぼ長方形の5重、5階の城は、築城主、松倉重正により、1624年に築城され、明治に入り廃城令によって1871年に廃城となり、1874年に土地、建物が民間に払い下げられた。



現在は、1964年に復元されたお城が建ち今回は、時間がなく中は見れなかったのだが、キリシタン資料や藩政時代の資料が展示されている。



私が訪れたのは、8月1日だったが、その2ヶ月半ほど前の5月12日に、こちらに、とあるツツジが植樹された。







このツツジの名は、宇宙ツツジ。







1994年7月9日、アメリカのケネディー宇宙センターから、群馬県館林市の出身のアジア初となる宇宙飛行士、向井千秋さんと共にスペースシャトル、コロンビアで宇宙へと打ち上げられ7月23日に帰還したツツジの種から、研究機関で発芽、育成されたものだ。



お城と宇宙。



なんだかミスマッチに思うが、共に夢とロマンに溢れていると感じる両者だ。





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彦根城

2013.01.29 Tuesday
  昨年9月の大阪、京都出張のついでに取材したお話。

国宝指定されている4城の一つ、彦根城。

ここもまた、いつか訪れてみたかった場所の一つだ。



場所は、滋賀県彦根市で、琵琶湖に面する場所にある。

大老井伊直弼の居城としても有名であり、代々の井伊家縁の城である。



こちらは、城下町と共に再現されたジオラマ。



城への道のりは、これまた山の上に建てた城なのでこんな階段を登る。

しかし、この階段、ただの階段では、ないのだ!

歩幅がうまく合わないように作られており、敵が攻め入った時に、多少なりとも混乱を招くよう作られているのだ!

しかし、敵の脅威が無い現代の我々には、とても歩きにくく迷惑なのだが・・・。



階段を登りきると、城に入る橋が見える。

これも、敵が攻め込んだ時、壊しやすいような橋がかけられている。



こちらが、先ほどの橋の上。



彦根城は、1603年に築城を開始したのだが、大きくいくつかの工事工期に分けられ、全ての工事が終わったのは、1622年であり、実に20年近い歳月をかけ作られたのである。



天守からは、琵琶湖がきれいに見えた。



ここ彦根城には、玄宮園(げんきゅうえん)という立派な庭があり、ここから見る天守もまた美しい限りだ。



そして、城の向かいには、埋木舎(うもれぎや)という屋敷がある。

井伊家では、藩主の子であっても家を継ぐもの以外は、他の家に養子に行くか、寺に入るのが決まりとされていた。

行き先が決まらない間は、質素な屋敷をあてがわれ、わずかなお金で暮らさなければならない。

後に大老、つまり今で言う総理大臣となった井伊直弼も、これにあてはまった。

「世の中を よそに見つつも うもれ木の 埋もれておらむ 心なき身は」

自らを花の咲くこともない(世に出ることもない)埋もれ木と同じだとして、逆境に安住の地を求めてその居宅を「埋木舎」と名づけ、それでも自分には「為すべき業」があるとこの屋敷で精進した。

しかし、世の中は、わからないもので、直弼が35歳の時、兄の死により家督を継ぐことになり、第15代藩主となり、さらには、38歳で大老に就任して事実上の幕府最高権力者となった。

しかし、埋木舎での幅広い勤勉が仇となったか、時代を先取りしすぎ、強行的な開国に踏み切り、さらに安政の大獄などの暴挙を行い、それをよく思わない浪人達の手により、40歳の若さで暗殺されてしまう。

この暗殺が、桜田門外の変である。

せめてあと10年先の日本であれば、彼の考えは、広く受け入れられたであろう事が、なんとも切ない話である。


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安土城を訪ねて

2013.01.26 Saturday
昨年9月の大阪、京都出張のついでに取材したお話。

数ある日本の城の中で、とても異形な形をするも、そのほとんどがあまりわかっていない存在が、安土城であろう。

謎に包まれ、とても興味深い城だったのだが、現在は、城跡しか存在しなくせめてと思い、その跡地が残る滋賀県近江八幡市安土町へと行った。

安土城は、琵琶湖を見渡せる小高い山の山頂にあり、小田信長の天下統一事業の象徴として、1576年に築城が開始され、わずか3年で完成するも、その3年後の1582年に織田信長は、本能寺の変にて、暗殺された。

そしてその後、わずか半月たらずで安土城は、焼失してしまう。

原因については、諸説様々である。

歴史のミステリーが好物な私は、この度念願叶い、その場所に行くことができました。

着いて驚いたことは、かなりの田舎なのだが、休日などは、しっかり駐車料金を取る事や、城跡なのに入場料があること・・・。

実際、これには、少しさめます。

まあ、気を取り直して、進もうとすると、ひたすら長く続く階段が・・・。



これ、ほんまに長いのです!



ヒィヒィいいながら、ようやくの思いで、城があった山頂に到着。



そこには、ただ柱を支えた礎石が残るだけ。



なんとも寂しい光景です。



少し先に行くと、遠くに琵琶湖が見えました。

織田信長も見たであろう景色です。

さて、この城がなぜ異形かといいますと、その天主の形にあります。

通常の表記では、こちら「天守」となりますが、安土城では、織田信長のこだわりらしきものがあり、「天主」と呼ばれるそうです。

地上6階、地下1階の高さ46mのその城の、5階、6階部分が城跡近くの「信長の館」という資料館に復元されています。



若干わかり難いのですが、この5階部分は、仏教の世界観による理想郷を象徴し、宇宙空間を表す八角形となり、金箔の壁に釈迦説法図が描かれています。



この当時、これだけ奇抜な物を想像しただけでなく作り上げてしまうあたりが、織田信長という人物の異端さを伺えます。

新しい物を生み出すエネルギーというものは、とてもすごい力です。

そして、日本にこれだけの城が存在するにも関わらず、安土城と類似した物がないという事も、すごい話だ。

偏見無く異国の文化を吸収した彼の応用力と、それを自らの思考の元にオリジナルとして表現するクリエイティブ能力の高さには、ただ感銘いたします。

400年も前に、このような生き方をした日本人がいたという事は、見習わなければなりませんね。


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