世界を翔けるカメラマン 田村 裕司

やすらぎ工房

戦後69年・沖縄慰霊祭

2015.01.31 Saturday
昨年6月の鹿児島、沖縄離島の旅。




この旅、最後の日程であり、旅の目的でもある沖縄慰霊祭の参加。




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昨夜は、雷が鳴り響く夜だったが、朝からいい天気となった。




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6月23日は、沖縄の終戦の日となり、毎年、沖縄慰霊祭が沖縄本島南部の平和記念公園で行われる。




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暑い中、お偉いさん方のあいさつがあり、黙とうが捧げられた。




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その後、お焼香となったのだが、驚いたことに多くの参列者がお焼香をせずに帰って行った。




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なぜなのだろうと、深い疑問を覚えた。




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去年訪れた、広島の平和記念式典とは、また違う空気を感じた。




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沖縄戦においては、多くの民間人が亡くなったことで知られるが、そのうち日本兵に自決を強要されたなどの話しをよく聞く。




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公園に隣接する平和祈念資料館に展示されている、戦争体験談などの話しを読んでみても、そのほとんどが同じような事を語っている。




それだけを読んでしまうと、全てがそうであったかのように感じてしまう。




平和祈念資料館は、平和祈念式典の日に無料開放されるため、多くの人でにぎわうが、数日前に一通りのものは見たので、暑さから逃れるために中で休んでいると、一人のおばさんに声をかけられ、少し話しをしていると、私が内地の人間だと知り態度がだいぶ変わり「何しに来たんだ?」と言われたので、「祈りに来たのだ」と言うと、「あんたの住んでいる所では、沖縄の慰霊祭をやらないのか?」などと言い出した。




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内地の人間や、日本兵に対する憎悪を、現在進行形で感じるような一日。




皆が皆と言うわけでない事は、十分に分かっているが、戦争体験者でなくとも、いまだに戦争を終わらせられていない人も多くいることも事実だろう。




それぞれの思想に対する是非など、全くわからないが、今日は静かに祈りたいと思う。






 


戦後69年・沖縄慰霊祭前夜

2015.01.30 Friday
昨年6月の鹿児島、沖縄離島の旅。




鹿児島から船旅の末、沖縄にやって来たのは、戦後69年の沖縄慰霊祭に参加するため。




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慰霊祭前夜には、翌日の式典の会場となる平和祈念公園に鎮魂のロウソクが並んだ。




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太平洋戦争の時に、唯一の陸上戦が行われた沖縄。




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そして、多くの民間人と兵隊が亡くなった。




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ここ平和祈念公園には、平和の礎という、沖縄戦などで亡くなられた戦没者の名前が刻まれた石碑が建つ。




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その刻まれた名前の数は、20万人余りだという。




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悲しみの数は、それ以上であろう。




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ロウソクの炎にうっすら浮かび上がる世界は、現実世界から少し離れたところにあるように錯覚する。




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人の世界とは、一体なんなのだろうか?




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この世界とは、一体なんなのだろうか?




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未来に、明るい希望と人らしい優しさがあふれる事を願う。




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多くの尊い魂のためにも。




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喜界島と特攻隊

2015.01.14 Wednesday
昨年6月の鹿児島、沖縄離島の旅。



居心地のよかった奄美大島を離れ、御隣の喜界島に移動します。



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夜10時くらいの船出です。



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奄美大島を出発して、二時間ほどで喜界島に到着します。



そのまま夜を明かして、翌朝からレンタルバイクを借りて、喜界島をまわります。



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一周およそ50キロのこの島は、最高標高が214mと低く、全体を見ると平べったい印象をうけます。



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サンゴ礁が隆起してできた島で、約12万年前に島として現れた見られており、現在も年間2mmの隆起を続けているそうだ。



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島一面にサトウキビ畑が広がり、黒砂糖の生産が有名だ。



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あちこちに分散する集落では、古くからあると思われるサンゴの石垣を見かける。



台風や潮から家を守るための、先祖の知恵といわれる。



沖縄でよく見かけるサンゴの石垣だが、ハブの住処となる欠点があるが、喜界島にはハブはいないので安心だ。



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石で出来た独特の形の神社の鳥居。



島文化の面白いところだ。



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亜熱帯の植物も多く、巨大なガジュマルがどっしりとかまえる。



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ガジュマルの森。



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こちらは、樹齢300年の大ソテツ。



奄美大島でソテツの植え替えを行ってから、やたらとソテツに敏感になりました。



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そして、ここにも平家の落人の話しがあり、ここには上陸の地と記された碑が建っていました。



こんなところまで来た事を考えると、その執念はすごいものだ。



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そして、喜界島を訪れた一番の理由は、特攻隊を追うこと。



喜界島では、太平洋戦争末期の1944年に海軍基地が国土防衛の最前線基地として拡張整備され、翌1945年の米軍沖縄本島上陸からは、連日連夜の米軍機の猛攻撃を受けながらも、多くの特攻機がこの場所より飛び立った。



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美しい海の先に思う悲しい出来事。



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各地から集められた青年たちは、この地から出撃するその時、一体なにを思い、なにを願ったのか。



佇む慰霊碑から見える美しい草原に問いかけようとも、さざ波の音が遠く静かに聞こえるだけだ。






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