世界を翔けるカメラマン 田村 裕司

やすらぎ工房

三年目の被災地・宮城県

2014.12.03 Wednesday
春に訪れた三年目の被災地。

昨年12月からのアフリカ、ヨーロッパ、中東の旅を終え、4月に帰国してすぐに東日本大震災の被災地の三年目の撮影に入った。

福島県を北上して、宮城県に入る。



被災した各地で多く見るようになった慰霊塔。



黄色いハンカチが吊るされた木。



新しい堤防があちこちで作られている。



がれきの撤去が終わり、更地が多く見られるようになった宮城県。



しかし、テトラポットを大量に海岸に積み上げる光景は、決して好感をもてない。



地区で掲げられていた看板。復興への思いは、それぞれだ。



仙台空港近くに新しく作られていた公園。子どもたちの笑い声が聞こえる日が待ち遠しい。



こちらも仙台空港近くなのだが、周辺の家は、ほとんど倒壊して片付けられたのだが、この家は所有されている方の希望からか、残すようなことが立て札に書かれていた。



こちらは、小学校。修復して再利用するのだろうかは、不明である。



はずれにある小さな集落などは、基礎を残して、そのままにされている。



慰霊碑の中では、こちらはとりわけ大きな観音様。



ほとんどの場所で、がれきが無くなったが、奥の方に行くといまだに崩壊したままの道路も存在する。



交通が少なければ、いたしかたないものなのだろう。



何件か家が密集していた場所だったのだが、がれきが撤去されてからは、大量の土が置かれていた。



東名駅があった場所は、きれいに線路が無くなっていた。



当時、津波に押し流されたがれきだらけだったのが、うそのようだ。



静かに手向けられた花。



奥松島に続く道の入り口の端のブロックは、折れたままだった。



そこから奥に進むと、いまだに残る、がれきの残骸。



各地で慰霊碑を見るたびに、心が締め付けられる。



南三陸町の防災対策庁舎。最後まで避難アナウンスをした女性が、メディアで多く取り上げられていた。

保存する予定だったが、現在は解体する方向らしい。



いつも立ち寄る気仙沼市にある神社の高台。三年経ち、だいぶ見える景色が変わった。



津波に飲まれた高さを表す表示が掲げられていた。



海に沈んだままの防波堤。



電車が通らなくなった線路。



石巻市の燃えた学校は、網で覆われていた。



少しずつでも、復興と言う歩みを進めなければならないのだろう。

三年と言う時間を、改めて考えさせられます。


 

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