世界を翔けるカメラマン 田村 裕司

やすらぎ工房

三年目の被災地・福島県

2014.11.30 Sunday
春に訪れた三年目の被災地。



昨年12月からのアフリカ、ヨーロッパ、中東の旅を終え、4月に帰国してすぐに東日本大震災の被災地の三年目の撮影に入った。



茨城の海岸線から、福島に入る辺りには、いまでも津波に流された建物の残骸が多く残っている。







骨組みを残すだけとなったコンビニの建物。







ほとんどの家が取り壊されたが、そのまま残されている家もたまに見かける。







ガレキが集められ、山のように積み上げられていた学校の校庭とプールは、だいぶキレイになっていた。







更地となり当時を思い出せないほどキレイになった土地だが、まばらに残っている家の一階部分は、べニア板などでふさがれ、物悲しい雰囲気だ。







防波堤に描かれた可愛らしい絵の先には、慰霊の卒塔婆が静かに立つ。







その後ろには、静かに波打つ海が広がる。







津波で流されたほとんど残骸は片付けられているが、たまに流されたまま残された物を見る。







自然の力に飲まれそうな、それらの残骸たち。







三年が経ち、供養塔やお地蔵さんをよく見かけた。







半壊となり、そのまま残された家。







この辺りは、原発の規制がかけられていた場所でもあったので、放射線の影響からか、規制が解除されてからも津波が襲って来た当時の状態そのままの光景を見かける。







その光景は、三年という年月を考えさせる。







更地となっていても基礎部分は、ほとんどそのままの事が多いので、そこに人の営みがあったのだと静かに語る。







崩壊した堤防。







半分ほどが砂に埋もれてしまったお墓。







打ち上げられたままの船。







半分が崩れ落ちた状態の家。







掘り出されたのであろう、横に並べられた墓石。







どの光景も、さみしく悲しい。







大量に作られているテトラポット。



各地で、似たような光景をよく見かけた。







流された家の跡地には、花が供えられていた。







津波に押し寄せられた堤防の鉄骨。







津波により破壊された防波堤。







公園だった場所は、いまでも無残な姿のままだ。







人々が集まっていたであろう場所に、人が全くいない光景は、心にぽっかりと穴を開ける。







ここを訪れる度に、写真に写っている展望に登ってそこからの景色を眺めるのだが、静かな海と多少のガレキが転がっている光景は、以前訪れた時とさほど変わらない。







新しい堤防を作っているのか、工事現場ではダンプがせわしく行き交う。







小高い丘の上には、難を逃れた家が、コンクリートのガレキの向こうにぽつんと建っていた。



津波の被害の命運を分けた、数メートルであろうその高低差。



それを考えると、やるせなさなどのいろいろな感情が複雑に湧き出し、いたたまれない気持ちで胸が苦しくなる。






三年目の被災地・岩手県

2014.04.25 Friday
岩手県も、宮城県と同じく、復興がだいぶ進んでいる。

記憶に残っていた被害にあった建物などは、多くが取り壊され、そのまま何が起きたのかも忘れてしまうような光景を多々見た。

いまだからこそ思う事は、震災直後、すぐに現場に入ってその写真を残せた事は、とても良い判断であったと思う。

当時、道なんてあってないようなものだったが、突き進んだ自分を、いまはとても誇りに思う。

きっと、あと数年でほとんどの工事が終わり、同時にいろんな事が忘れられていくだろう。

人は、忘れる事ができるから生きていけるのだ。

それでも、その場所で何が起きたのかは、しっかりと知らなければならないと思う。

これからも、私は被災地と向き合っていくことでしょう。

それが、この時代に生まれ合わせた私にできる、数少ない事なのだろう。


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HP http://yasuragi-photo.com/
E−mail info@yasuragi-photo.com

三年目の被災地・宮城県

2014.04.24 Thursday
原発の周辺区域を除けば、復興作業は進んでいる。

どんな変貌を遂げるか注目していたのだが、いままで通り、コンクリートで固めまくるようだ。



作ってしまえば、維持や管理がやりやすく合理的だろう。

そして、津波が押し寄せた場所にも、家がだいぶ建っていた。

この光景、一体なにが変わったのだろうか?

あの惨事からの教訓は、どこにあるのか?

千年に一度というが、百年前の三陸沖地震を忘れたとは言わせない。

自分達の世代が被害に合わなくとも、その子孫の事も考えているのか?

もし、また津波が押し寄せ、家が流されたら、また国に援助を頼むのか?

どんな事情なのか知らないが、非常に憤りを感じる。

堤防などもそうだ。

それがあれば大丈夫だという安堵感と思い上がりが、危機管理能力を失わせ、備える力を無くすのだ。

被災され、大変な思いで暮らしている方を知っている上でだが、あえて避難される発言だとしても、私にはそう思えて仕方が無い。


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